相葉マナブに出演の宮内庁お出入り料理人日本橋ゆかり野永喜三夫の年齢と経歴

テレビ

 嵐の相葉さんが、日本の素晴らしさを学ぶため、旬の食材で究極の料理作りに挑戦する「相葉マナブ」に、今回、日本橋ゆかりの三代目野永喜三夫店長が出演されました。

 今回は、手作りした醤油を使った料理を、相葉さんに教えるために和食の料理人野永喜三夫出演されますが、野永喜三夫さんが三代目を継いだ日本橋ゆかりは、代々宮内庁にお出入りが許された有名な日本料理店です。

 今回は、相葉マナブにゲスト出演を繰り返し、また代々宮内庁への出入りが許されている日本橋ゆかりの三代目の野永喜三夫店長の年齢経歴が気になって調べてみました。

 一見して年齢不詳の名料理人の年齢と、経歴が気になる方は、是非とも最後までお付き合いください。

日本橋ゆかり三代目「野永喜三夫」の年齢と経歴

野永喜三夫の年齢と基本情報

 日本橋ゆかり三代目「野永喜三夫」さんの年齢と基本情報を早速見ていきましょう。

 野永喜三夫さんは、1972年2月26日生れなので、現在53歳です。

 53歳とお聞きすると、なるほどとは思いますが、もう少しお若くも、お年を召したようにもどちらにも見えてしまいますが、料理に対しては厳しくも、人柄は誠実で真面目そうな印象を与えて下さる良い表情をされていますね。

氏名野永 喜三夫 (のなが きみお)
生年月日1972年2月26日生
出身地東京都中央区日本橋
血液型O型
学歴高校卒業(学校名は不詳)
服部栄養専門学校卒業 (1991年3月)
家族妻・娘の三人家族
職業飲食店経営(日本橋ゆかり)
調理師

野永喜三夫の経歴(プロフィール)

東京生まれの、東京育ち、最終学歴は料理専門学校

 野永さんは、初代野永喜三郎さんが昭和10年に日本橋で創業した日本料理店「日本橋ゆかり」の2代目野永喜一郎の家に誕生されました。

 幼いころから、店を継ぐように言われたことはなかった野永さんですが、厨房で見よう見まねで料理を楽しむ環境の下で、料理を遊びの一つとして、楽しみながら成長し、自然に料理人の世界に進まれました。

 高校卒業後は、服部栄養専門学校を卒業し、二代目のお父様の勧めで、京都にある日本料理の名店「菊乃井」に修業に入られました。

京都で修業、食材生産者にも可愛がられる愛されキャラ

 料理学校の優等生も、そこでは皿洗いからのスタートで、関西弁と関東弁の違い、関西の味と関東の味の違いなどに苦しみながらも、その性格から、先輩や料理長に可愛がられて日本料理店の三代目として必要な事柄を総合的に学びました。

 テレビドラマのように、板場の修行で先輩や料理長につらく当たられて苦労するパターンにハマることなく、また、愛されキャラの野永さんは、食材の生産者の方からも可愛がられたそうです。

 そんな野永さんは、お店の休日にはバイクに乗って生産者の方を訪ねて、一緒に畑を耕していて、今でもその時の人間関係が続いていて、入手困難な貴重な食材も電話一本で手に入るそうです。

家業を継いで、世界進出

 1997年6月、菊乃井での修業を終え、実家の日本橋ゆかりに入りました。

 野永さんの名前が一躍注目を浴びたのは、2002年にフジテレビの「料理の鉄人」に出演され、「Japan-Cup ’02」で優勝した時です。

 この「Japan-Cup」では、若手料理人がトーナメント形式で戦い、決勝戦で見事に中華の鉄人として有名な陳健一さんに勝利し優勝しました。

 当時は、鉄人に若手が勝つなどの番狂わせは、滅多にないことで、もしかすると、野永さんが優勝したことよりも、陳健一さんが負けたことの方が、センセーショナルな出来事だったかもしれません。

 ただ、その実力は本物で、翌年2003年に野永さんは、日本の若手料理人5人」としてニューヨークタイムズで紹介され、その年の9月には~「日本のグラン・シェフ55人」皿に彩るアーティスト~の一人に最年少の世フとして紹介され、2006年には、日本料理アカデミーに入会を許されました。

 その後も、ニューヨーク、カリフォルニアなど、アメリカのイベントに出演し、世界に和食文化を紹介し続けています。

3代続く、宮内庁のお出入り料理人

 日本橋ゆかりの店内には、菊の御紋が入った貴重な3枚の賞状が飾られています。

 その1枚は、初代野永喜三郎さんが1959年に現在の上皇陛下の御成婚式の料理で、また1枚は、二代目の野永喜一郎さんが1990年に現在の上皇陛下の天皇即位の礼の料理で、最後の1枚は、三代目野永喜三郎さんが1993年の現在の天皇陛下の御成婚式の料理で、それぞれご奉仕をされた時にいただいた物です。

 表彰状の紙の日焼けぐわいに、3代にわたりお店を守ってきた時代の歴史が偲ばれますね。

 

 親子三代にわたり宮内庁に出入りを許された名門が「日本橋ゆかり」であり、今も、新嘗祭にいなめさいや春と秋の園遊会等で、料理の奉仕は続けられているそうです。

 天皇陛下を始め、皇族の方々の口に入る料理い携わるとは、並みに信用あるだけではとても許されることのないことですね。

 大変名誉のある奉仕を、三代にわたって続けていること自体が、日本橋ゆかりが名店である証なのでしょう。

日本橋ゆかりの基本データ

店名日本橋ゆかり(にほんばしゆかり)
所在地東京都中央区日本橋3-2-14 KNビル 1F
メニュー日本料理
創業1935年
営業時間月~土曜日
11:30~14:00(L.O 13:30)
17:30~21:30(L.O 21:00)
定休日日曜日・祝日
席数70席(個室あり)
駐車場なり
平均予算20,000円~30,000円(昼・夜)
公式HHPhttp://nihonbashi-yukari.com/

 アクセスは、地下鉄銀座線日本橋駅から歩いて1分、JR東京駅から歩いて3分と、まさに、東京の中の東京、お江戸日本橋ですね。

 このようにすごい場所で、3代にわたり和食で勝負しつづけ、自社ビルで営業を続けられるとは、代々受け継いだ職人の技の確かさが伺い知れる立派な佇まいですね。

 また、店内も落ち着いた雰囲気で、お店の名前が入ったお酒に、グラスには、菊の模様が入るなど、日本を代表する日本料理のお店としての貫禄は十分伝わってきますね。

私には、ちょっと敷居が高そうな印象です。

相葉マナブ<番組情報

 5月25日午後6時から放送の今回の番組で野永さんが紹介するのは、

  • 醤油もろみと、生揚げ醤油の2種類の味の「焼きおにぎり」
  • 春キャベツの醤油もろみ和え
  • スプーンで食べる肉じゃが
  • 焦がし醤油焼き飯

などの、絶品料理のレシピです。醤油を焦がした匂いを想像しただけで、口の中に幸せが訪れますね。

まとめ

 今回は、相葉マナブにゲスト出演を繰り返し、また代々宮内庁への出入りが許されている名店日本橋ゆかりの三代目の野永喜三夫店長の年齢と経歴が気になって調べてみました。

 初代野永喜三夫さんから続く、宮内庁へのお出入りの許可は、なによりもお店の信用の証ですね。

 そして、一見年齢不詳の三代目野永喜三夫さん、53歳といわれてみれば、確かにそう見える、落ち着いた良い表情のお顔をされていますね。

 また、三代目野永喜三夫さんは、幼いころから料理好きで、京都の「菊乃井」で修業をされた後、ご実家の「日本橋ゆかり」でご活躍です。

 野永さんの料理の腕前は、日本の止まらず、アメリカを中心とした世界でも認めるところとなっています。

 日本に、一流の方々が集う名店ですので、我々庶民には、少し敷居が高いお店のようですが、何かの記念日か思い出作りに、プチ贅沢をして是非とも訪れてみたいお店ですね。

 とりあえずは、番組で紹介された、焼きおにぎりのレシピを楽しんでみようと思います。

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