こんにちは、ビタミンです。
ひなびた洋館や生け垣に囲まれたお屋敷など、ちょっと気になる家を紹介する7月21日のNHK「気になる家」では、昭和初期に同潤会が販売した昭和が匂い満載のレトロな江古田分譲住宅・佐々木邸を紹介しています。
昭和初期の建物を知るシニアにとっては、昔懐かしい台所や五右衛門風呂が…。
また若い方には逆にインスタ映えするレトロでおしゃれな家屋としての魅力が満載ですよ。
ならば、是非とも、実物を見てみたいですね。
残念ながら、この物件は原則非公開のようですが、時折見学会も開催されているようですよ。
場所が練馬区なので、ちょっとした機会があれば、そのついでにでも気軽に見学に行けそうですね。
当時、最新のアパートや住宅を供給してきた同潤会の組織と、供給してきたアパートや分譲住宅、そして、現存する数少ない同潤会分譲住宅・佐々木邸の場所やその魅力について、調べてみました。
それでは、早速見ていきましょう。
同潤会とは
同潤会とは、1924年、大正13年につくられた政府が設立した財団法人です。
その前年(大正12年)9月1日に発生した、関東大震災の復興のためにつくられましたが、1941年には、第二次世界大戦で荒廃した日本の戦後復興を目的とした住宅営団に、その業務を承継して解散しています。

同潤会は、日本の住宅史において、近代集合住宅の先駆けとして重要な存在です。
同潤会は、震災復興だけでなく、その後の日本の住宅政策や都市計画にも大きな影響を与えた団体です。
同潤会の建物
同潤会は、当時の最先端の技術を用いた鉄筋コンクリート造の集合住宅である「同潤会アパート」を建設し、東京の青山、代官山、江戸川などに15か所に約2500戸のアパートを供給したほか、木造の分譲住宅も供給しました。
かつては、日本の近代的集合住宅の先駆けといわれた同潤会の作ったアパートや、分譲住宅も、時代の流れとともに、老朽化が進み、現存する建物は殆どありません。
同潤会アパート
同潤会のアパートは、関東大震災後の住宅不足解消と、被災者の生活再建を目的とした集合住宅で、その特徴は、
- 耐震・耐火構造の導入
- 共同浴場や集会所などの共有スペースの設置
- 居住者間のコミュニティ形成を重視
- 昭和初期のモダンなデザイン
となっています。
残念ながら、2013年に最後の同潤会アパート「上野下アパート」が取り壊されたため、現在同潤会のアパートは残っていません。
ただし、内部は改装して当時のも影はありませんが、外観だけを復元しているのが同潤会青山アパートです。
それでも、その面影を残す建物があります。
2006年に森ビルが表参道ヒルズとして再開発した際に、建築家の安藤忠雄さんの設計で外観東端の1棟を忠実に再現した、表参道ヒルズ・ギャラリー同潤会です。


建築当時の写真と、ギャラリーとして再現された写真を比べても、当時のアパートをそのまま残しているように見えますよね。
ちなみに、最後まで現存していたのが、東京都台東区にあった上野下アパートです。
このアパートは、1929年につくられた鉄筋コンクリート4階建ての2棟のアパートでした。
解体する直前まで、71部屋あったこのアパートの部屋の内、65もの部屋に入居者がいたそうです。
レトロの匂いが満載の解体前のアパートの様子を、素敵なピアノのBGMとともに楽しめる貴重な動画がありましたので、あっという間の1分36秒をお楽しみください。
動画の字幕で、同潤会の歴史等も簡単に解説されていますので、参考にしてくださいね。
同潤会分譲住宅
同潤会では、アパートの供給とは別に、震災で荒廃した東京の町の土地を区画整理して開発し、複数の住宅をまとめて販売する分譲住宅の販売も行っています。
同潤会分譲住宅の特徴は、
- 比較的低価格で住宅を購入できる
- 建売住宅、注文住宅など様々な形態がある
- 統一感のある街並みが形成される
- 完成済みのため、入居までの期間が短い
等です。
鉄筋コンクリート製のアパートと違って、分譲住宅は木造で、
- 1つの建物に2世帯から6世帯が入居するように造られたメゾネットタイプの物
- 商店向けの土間を持った2階建の店舗併用住宅
- 職工向けの分譲住宅地
- 勤め人向けの分譲住宅地があった。
など、目的に合わせて様々な分譲住宅が供給されています。
今回番組で紹介された現存する分譲住宅の一つが、これからお話しする佐々木邸です。
佐々木邸の場所



今回紹介された練馬区にある同潤会分譲住宅・佐々木邸の場所を最初にお知らせいたします。
場所は、東京都練馬区小竹町1丁目36−5で、行き方は、西武池袋線の江古田駅の北口を出て、日藝方面に向かって450m歩いて6分です。ファミリーマート江古田日芸前店を越えたところにあるので、分かり易いロケーションですよ。
佐々木邸のオーナー
1934年にこの分譲住宅を購入したのは、佐々木喬(ささきたかし)という東大農学部の名誉教授で方で、鳥取大学の学長も務めた立派な農学者の方だったそうです。
現在、この分譲住宅は、国の登録有形文化財に登録されており、その所有者は、佐々木さんのお孫さんに当たる能登路雅子さんが代表を務める「旧同潤会江古田分譲住宅佐々木邸保存会」がオーナーとなっています。
佐々木邸の魅力
佐々木家住宅は、1934年に同潤会が建設した江古田分譲住宅30棟(小竹町1丁目)のうちの1軒で、当時は、比較的低価格で購入できた物件でした。
当時の同潤会江古田分譲住宅の基準は、
- 清楚な木造瓦葺(かわらぶき)和風を主として、平屋と2階建とすること。
- 延床面積は最大35坪とし、敷地は建坪(建築面積)の3倍以上を標準とすること。
- 必要に応じ、将来増築できるようにすること。
- 間取りは3〜5室とし、子ども部屋又はサンルームとして使える広縁があること。
- 東南の陽光を多く採り入れて 通風を妨げないように敷地の西北に寄せて建物を配置すること。
- 各住戸相互の配置も、陽光と通風の観点から配置すること
- 台所付近には特に物干し場、物置のための空き地を用意すること
の条件が求められ、30戸の分譲住宅の敷地は、100坪から150坪程度で、床面積は25坪程度でした。
佐々木邸の魅力は、こうした同潤会が定めた基準を満たしている分譲住宅の間取りが残っていることで、その貴重さから、平成22年2月に国の文化財に登録されました。
佐々木家は木造平屋建てで、147坪の敷地に、母屋部分は31坪で、
- 西と南に接道した敷地に西を正面に建つ木造平屋建、東西棟の寄棟造桟瓦葺であること
- 玄関から中廊下が延び、北側に水まわり等、南に洋間や、縁を介した客間と居間が並んでいること
- 押入の設置や部屋の雁行配置で部屋の独立性を高めていること
から、風通しの良い、さわやかな土地に、日当たりの良い家があり、そこで子どもを含めた家族が健康的に暮らせる住宅となっています。



番組情報
7月21日月曜午後6時05分からNHKで放送の「気になる家」では、同潤会住宅の記憶と題して、ご紹介した練馬区にあるそこだけ時が止まったかのような同潤会分譲住宅が紹介されます。
かつての家主は東大農学部の教授だった佐々木喬さんです。
佐々木さんが購入されたこの家屋が、佐々木さんのお孫さんやご近所の方共に保存され再生された物語が番組で紹介されます。


まとめ
1923年の関東大震災の復興を目的につくられた財団法人同潤会。
1924年に創設され、1941年に戦後復興のために設立された住宅営団にその任を引き継いで解散されました。
同潤会は、東京の青山、代官山、江戸川などに15か所に約2500戸のアパートを供給たほか、比較的低価格で購入できた木造の分譲住宅も多数供給しました。
鉄筋コンクリート造の同潤会アパートが事実上すべて解体された今、練馬区に残る木造の同潤会分譲住宅に今回番組でスポットが当たりました。
この同潤会江古田分譲住宅は全30棟、そのうちの一つが、現在国の有形文化財に登録され、地元保存会の手で守られています。
関東大震災の復興を目指して、敷地面積141坪、主家床面積35坪の住宅を比較的低価格で購入できる物件として供給できたのは、当時のこの地域は、田んぼや畑しなかく、そんな田園風景の中につくられた新興住宅街が、同潤会江古田分譲住宅だったようですね。
敷地150坪の分譲住宅が建てられた昭和の東京と、現代の高層ビルやマンションが乱立する現在の東京と、果たして、人間の暮らし方として、とちらの時代が本当に豊かだったのか、ちょっと考えさせてしまいました。(笑)
原則非公開となっている佐々木邸。
今回は、番組でその内部をしっかり見ることが出来るので、そんな妄想を楽しみつつ、「やはり狭小住宅でも、五右衛門風呂も、お湯が出るシャワー付きの風呂の方がいいよね…」とか「でも、敷地150坪の家に住んでみたいな…」、などと、どちらの生活が良いのか、ご夫婦で、ご家族で、是非とも楽しみながら語り合ってくださいね。
また、時折、佐々木邸の見学イベントも開催されているようなので、保存会か練馬区の緑のまちづくりセンター等の情報に注目して、チャンスがあればお出かけくださいね。
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