こんにちは、ビタミンです。
6月12日木曜日の午後8時15分からNHKで放送の「ひむバス」では、去年年末に出航した南極観測船しらせが帰国する様子が放映されます。
今回は、「しらせ」を見学したい…、あなたに、これまでの4代にわたる南極観測船の歴史と、3代目・4代目の船名が同じ「しらせ」でややこしいので、分かりやすく一般公開の情報を、記事にまとめてみました。
南極観測船、しらせの一般公開に参加したい方は、是非最後までご覧くださいね。
南極観測船の歴史
日本がこれまで建造した南極観測船は、全部で4隻です。
南極観測船とは、正式名称
南極観測船とは、南極に物や人を運んだり、船の中で南極の観測や実験をする船の通称名です。
正式名称
南極観測船は、海上自衛隊に所属する自衛隊の船です。
南極観測船は、正式には「破氷艦(はひょうかん)」で、氷を砕く船という意味の名前です。
南極観測船の歴史
南極観測の始まり
日本の南極観測が始まった年は、先日亡くなった長嶋茂雄さんが巨人軍に入団した年と同じ1957年です。
南極観測船が活躍する以前は、明治時代に、陸軍の白瀬矗中尉が木造帆船の「開南丸」で南極に上陸し探検・調査を行った記録があります。
南極観測の目的
南極観測とは、南極の昭和基地を拠点にして、南極(と北極)でしか見るとことできないオーロラ現象の観測や、大陸を覆う厚い氷の氷床や、鉱物の調査や隕石について調査します。
また、ペンギン等の南極に住む動植物の調査も行います。
調査チーム
南極で観測を行う調査チームは、2組です。
夏の間3ヶ月間南極に滞在して観測する夏隊と、南極の厳しい冬をこえて1年間滞在して観測する越冬隊の2組です。
日本と南極までの航海
南極へのアクセス
日本から南極までの航海は、片道2週間です。
距離にして14,000キロで、東京・大阪間を14往復する距離です。
航海期間
南極観測船は、毎年11月に日本を出発し、翌年の4月に日本に戻る約151日間の航海期間となります。

南極と日本は、夏・冬が逆なので、日本の冬の時期が、南極の夏となります。
なので、夏隊の皆さんは、乗っていた観測船と共に、南極を往復して帰国するので、約151日の勤務期間です。
一方、越冬隊の皆さんは、翌年11月に到着した船に乗るため、南極の冬を1回、夏を2回経験して、1年+151日の516日の、約17カ月ちょっとの長い勤務期間となります。
初代「宗谷」

初代の南極観測船の名前は「宗谷(そうや)」です。
1938年に進水し、1956年から1062年までの間、南極観測船として活躍しました。
もともと、宗谷は、ソ連(現:ロシア)の注文で建造された船ですが、ソ連にわたることなく、日本海軍が買い取った船で、戦後は、海上保安庁の船として、氷の張った海に浮かぶ灯台へ物資を運ぶ補給船として活躍していました。
現在は、東京お台場にある船の科学館にあり、屋外展示場に係留されて一般公開展示されています。
2代目「ふじ」

2代目の南極観測船の名称は、「ふじ」です。
海上自衛他の船として、はじめてヘリコプターを搭載できる船として建造されました。
1965年に進水し、宗谷の引退に伴い、その役割を引き継ぎ、1984年まで活躍しました。
現在は、愛知県の名古屋港ガーデンで、南極観測の博物館として、ふ頭の係留され一般公開されています。
船内の食堂・居室・診療所・理髪店などには、蝋人形の隊員がいるので、実際の南極観測隊んの方柄の船内での活躍ぶりを、通路の窓越しから楽しむことができるので、興味深いですよね。
しらせの歴史


初代しらせ(第3代南極観測船)
初代しらせは、第3代目の南極観測船として建造されました。
初代しらせの進水は、1981年で、1982に就航し、南極観測を行った期間は、1983年から2008年の間で、南極との間を25往復しています。
2代目しらせとの見分け方は、船の先端に書いている艦番号が「5002」が初代しらせ、「5003」が2代目しらせとなり艦番号で見分けると分かりやすいですね。
船名の由来

南極観測船は、海上自衛隊の砕氷艦で、その命名には名所旧跡の地名を付ける決まりがあります。
初代しらせの名前は、南極昭和基地の南方に位置する「白瀬氷河」の名前の一部の「しらせ」をとりました。
この白瀬氷河の命名は、明治時代に日本で初めて南極上陸を果たした、旧陸軍中尉白瀬矗さんの功績をたたえて命名されたもので、間接的に、人命を船名にしています。

モンベルの防寒着も、ユニクロのヒートテックもない時代に、内陸部の平均気温が―57度の南極に挑むのは、ひたすら毛皮を重ね着したのでしょうね。白瀬中尉の装備(服装)に、当時の苦労がしのばれる思いですね。
接岸回数
初代しらせは、歴代しらせの中でも、一番の接岸回数を誇っています。
また、その圧倒的なパワーから、氷に閉じ込めれられいるオーストラリアの砕氷船を何度も救出する活躍も行っていたそうです。すごいですね。
船名 | 接岸回数 |
宗谷 | 0回( 6回中) 接岸成功率 0% |
ふじ | 6回(18回中) 接岸成功率33% |
しらせ(初代) | 24回(25回中) 接岸成功率96% |
しらせ(2代目) | 8回(10回中) 接岸成功率80% |

知らせが、南極大陸に接岸できない理由は、分厚い氷を砕いて前に進めないからですから、直接接岸できなくても、分厚い氷の上を移動できるので、物資の輸送が出来ない…、という訳ではないようですね。
海上自衛隊の最大動揺記録を保持
初代しらせは、海上自衛隊の船が左右に揺れる大きさ(最大動揺記録)の記録を持っていて、左に53度、右に41度傾いても大丈夫だった記録のようです。
スキー場の41度の斜面を想像するたけでも、その角度の大きさに驚くばかりですね。
現役引退後の運命
初代しらせの最後の南極航海は、2008年でした。その年の夏に、2代目しらせに役割を引き継いで引退し、ウェザーニューズ社が引き取って2010年に船橋港に係留され、一般公開を始めました。
また、2代目しらせとの違いを明確にするため、引退後のしらせの船首には、これまの「しらせ 5002」にローマ字で[SHIRASE」と改称して、船体に記載しています。

写真で見る限り、5002の艦番号の上にローマ字でSHIRASEとある方が、新しい知らせに見えてしまいますね。ちょっと、カッコいい感じです。
2代目しらせ(第4代南極観測船)
2代目しらせは、第4代目の南極観測船として建造されました。
初代しらせの進水は、2008年で、2009に就航し、その年以降、現在まで南極観測を行っています。
船の大きさは、初代が11,500トンのところ、2代目は12,500トンと一回り大きくなり、ヘリコプターの搭載能力も、搭乗可能人数も増やしました。
出力は同じ30,000馬力であり、予算上の都合で、初代の性能を大きく上回ることが出来なかったそうです。
この頃の予算不足は深刻で、本来、2008年7月に初代しらせの引退と共に、2008年11月に就航して南極へ向かうところ、実際に2代目しらせが南極に向けて出港したのは、2009年11月となり、この年の南極観測船は、オーストラリアから民間の砕氷船を借りておこなっています。

しらせの一般公開情報
SHIRASEの一般公開情報
ご紹介の通り、初代しらせ改めSHIRASEは、引退し、船橋港に係留され、一般公開されています。
所在地は、千葉県船橋市高瀬町2です。
営業日は、木・金・土・日曜日の週4日間で、月・火・水曜日は定休日となります。
営業時間は、いずれも10時30分から12時00分と、13時30分から15時00分までの1日2回です。
事前のお問い合わせは、090-7635-5002で対応してくださいます。
SIRASEは、ガイド付きの見学コース、ガイドがいない見学コースの他、イベントに参加出来たりもします。
また、ヴァーチャルツアーもできるので、パソコンやスマホでも見学可能です。
その他、詳細は、こちらのホームページでご確認下さい。
2代目しらせの一般公開情報
引退した初代しらせ(SHIRASE)と異なり、海上自衛官の現役艦である2代目しらせは、防衛機密もあるため、常に一般公開をしている訳ではありません。
それでも、南極就航期間外のシーズンには、年に数回一般公開を行っているようですが、現時点で判明している一般公開予定はありません。
参考に、最近の一般公開実績は、
- 2023年9月16日・17日:広島県呉基地
- 2023年9月23日・24日:愛知県蒲郡港
- 2024年4月13日・14日:横浜港山下ふ頭
- 2024年10月5日・6日:愛媛県三島川之江港(35年ぶりの寄港)
- 2024年10月13日・14日:青森県新中央ふ頭(19年ぶりの寄港)
となっています。
ちなみに、一般公開は、事前の申し込み不要で、無料となっているので、毎回、全国から多くの人が見学に訪れているようです。
こまめに「しらせ 一般公開」のキーワードで検索すると、最新の一般公開情報がゲットできるようです。
ひむバス~番組情報
今回の番組は、昨年年末に放送した、去年11月南極に出発した砕氷艦「しらせ」が帰国して、乗員の家族と半年ぶりの再会に涙するシーンをメインに放送されます。
また、帰国直後に挙式される上院の方の結婚式に、日村さんがなにやら乱入して盛り上げるようですから、どんなサプライズが飛び出すか楽しみですね。
#海自 #横須賀
— lala (@lala_zet) June 7, 2025
4/22 砕氷艦AGB-5003しらせ帰国行事
ひむバスが来て取材していた
出国行事の放送は2ヶ月程後だったのでそろそろ放送かと思っていた
南極から帰国!家族と再会https://t.co/vGXOgQTHah
体育館での帰国行事後、砕氷艦しらせ後部甲板で表彰式が行われ、その後再会シーンを撮影していた pic.twitter.com/3aRT8enMaX
ひむバス!
— WQ106OZ (@weiqi_xiulang) June 8, 2025
初回2025年6月12日20時15分放送#しらせ #横須賀 pic.twitter.com/dWzrYHTG02
まとめ
6月12日木曜日午後8時15分からの「ひむバス」は、日本に帰国した4代目南極観測船・2代目しらせの帰国行事を中心に放送されます。
しらせは、海上自衛隊の現役の艦艇で、名称は砕氷艦で、艦番号は5003番です。
引退した歴代の南極観測船は、それぞれ第2の母港に係留され、一般公開されて第二の人生を送っています。
今回番組に登場する2代目しらせも、南極航海をしていない12月から3月の間に、年に2・3回の頻度で一般公開をしていて、事前予約なし、無料で参加できることが分かりました。
現時点(2025年6月8日)で、2025年分の一般公開の予定は発表されていませんが、こまめにネット検索していけば9月か10月頃の一般公開予定情報をゲットできるはずです。
もしかしたら、今回の番組内で、一般公開予定の情報があるかもしれませんね。
ネットを検索すると、しらせ(SHIRASE)の一般公開情報が多くヒットしますが、ローマ字のSHIRASEは、初代しらせを意味していて、現役の砕氷艦2代目しらせの情報とは異なりますから注意してください。
今回は、歴代の南極観測船の歴史と、初代しらせ、2代目しらせの違いと一般公開情報についてしらべてみましたが、新たに明治時代に木造帆船で南極大陸に挑んだ陸軍中尉白瀬矗さんの存在を知ったので、機会があれば、白瀬矗中尉についても調べて記事にしたいと思いました。
皆さん、これを機会に、ことしもしらせの一般公開情報があれば、是非見学に参りましょう。
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